1992年1月、初のフルモデルチェンジ (自動車)|モデルチェンジを受けて2代目に移行する。エクステリアデザインに於いてはそのほとんどを、当時の厚木NTC日産テクニカルセンターの略。内デザインセンター現・デザイン本部。で日本ユニシスと共同開発の真っ最中だった日産初の造形意匠用CADシステムである「STYLO(スタイロ)」を、試用段階ではあったが初めて造形の初期段階から運用して制作されたものである。ボディ形式は初代に引き続き3ドアと5ドアのハッチバック型、後期型にはワゴン型「日産・マーチBOX|マーチBOX」やオープンカー|オープンモデルの「カブリオレ」もラインナップされていた。また、台湾オリジナルモデルとして、3ボックス型のセダンがある。1998年には派生モデルとして、初代・Z10型日産・キューブ|キューブが生まれている。ミドルクラスセダンの初代・P10型日産・プリメーラ|プリメーラと同じく、日欧両市場を主要マーケットとして、欧州車と比肩しうる性能や快適性、合理的なパッケージングを実現することを目標として開発された。「安かろう悪かろう」が普通であった当時の日本製コンパクトカーの中では異彩を放つ存在であった。プラットフォーム及びエンジンは新開発され、1.0/1.3Lの日産・CGエンジン|CG型エンジンを搭載、5速マニュアルトランスミッション|MT/4速オートマチックトランスミッション|ATに加えて、富士重工業|スバルから供給を受けた無段変速機|CVTを組み合わせていた。CVTの採用は日産では初である。日本市場での販売実績は、モデルサイクル全般にわたって堅調なもので、マーチに対抗できる商品力を持つ競合車が1999年の初代トヨタ・ヴィッツ|ヴィッツまで登場しなかったことや、バブル景気|バブル崩壊に伴い、コンパクトカーの経済性が見直されてきたことなどの要因から、登場から4年後の1996年度には142,000台を販売し、記録を更新した。当時の日産は莫大な有利子負債を抱え、深刻な経営状態となっていたがその時期の日産を支えた車種の一つである。その後ヴィッツ、ホンダ・フィット|フィットなど、競争力の高いコンパクトカーが他社から続々と登場したこともあり、販売台数は若干落ちたものの、2001年製の最終モデルでも月間5,000台程度の安定した販売実績を残している。
画像:Nissan-march k11 bolero-front.jpg|マーチボレロ(フロント)
画像:Nissan-march k11 bolero-rear.jpg|マーチボレロ(リア)
Image:Nissan March sedan 001.JPG|裕隆日産汽車股製 マーチセダン(リア)
派生車種
1998年に誕生したトールワゴン・初代「日産・キューブ|キューブ」は、マーチの基本コンポーネンツを流用して開発された。また、レトロ風のメッキグリルを持ち、リアオーバーハングを延長し独立したトランクルームを備えたセダン、光岡「光岡・ビュート|ビュート」や、良品計画|無印良品とのコラボレーションモデル「日産・MujiCar1000|Muji Car 1000」も生まれている。
2008年5月27日 - 特別仕様車「12E/14E FOUR Plus navi HDD SP」と「12S/14S FOUR コレット」を期間限定発売。後者は購入でカーボンオフセット活動に参加したとみなされる特典が付く。「コレット」販売記念イベントで「みずたマーチ」が披露される。
Image:Nissan Micra front 20080127.jpg|マイクラ(欧州仕様)
Image:MarchBolero.jpg|マーチボレロ
Image:Nissan Micra CC 003.jpg|マイクラC+C 屋根の格納状態と荷室
Image:Nissan Micra CC 001.jpg|マイクラC+C ダッシュボード (自動車)|ダッシュボードと座席|シート シート表皮は皮革|本革、アルカンターラ|スウェード調、合皮のコンビネーション|コンビで、色は黒とアイスブルーの2色が選べる
Image:Nissan-March rafeet-k12 2005-front.jpg|マーチラフィート(中期型)